投稿者: arimac

  • ついに50歳。これまでの人生と、定年までの10年を考える

    SNSでもいいのですが、自分の記事をコントロールしやすいブログのほうに、想いを残しておこうと思います。ずっと放置していたブログでもありますが。

    ついに本日、2026年7月12日、50歳になりました。

    やはり10の位が変わるというのは、いつもの誕生日とはだいぶ心境が異なります。

    ついに来たか……という感じです。

    30歳、40歳、そして50歳

    30歳になった時は、「ついに20代も終わりか。もう若者ではないな」と思いました。

    40歳になった時は、「これでもう完璧なおじさんだな。どうあがいてもお兄さんではない」などと思っていました。

    そして50歳。

    この年になると、今度は会社員人生のゴールも見えてきます。定年まであと10年。再雇用まで含めても15年。あんなに長いと思っていた社会人生活も、そろそろ終わりが見えてきました。

    そして、健康や体力もますます大事になりますね。もう無茶はできない。若いつもりでいても、確実に体には年齢が刻まれている。過信は禁物です。

    40歳で転職して、ちょうど10年

    今の会社に転職して、ちょうど10年たったというのもあります。40歳の時に転職して、それから10年。このまま定年までいるなら、ちょうど折り返し地点です。

    あっという間だった気もするけれど、その間にいろいろやったといえば、やりました。グッドデザイン賞を受賞したり、eスポーツの部活動を会社に立ち上げたり、役員に名前を覚えてもらったり。まあまあインパクトのある結果も出せてきた気はします。

    今いる会社はすごく居心地がいいので、できればやりたいことをやりつつ、このまま駆け抜けたいなあ……。今、また一つ野望があるのですが、うまくいくかどうかは、残りの時間の使い方次第です。

    まあ、ひとまずこうして妻と子供に恵まれ、誕生日を迎えられたことは、何ものにも代えがたい喜びです。かなり幸せな人生な気はします。ご縁に感謝ですね。

    10年ごとの節目を振り返る

    せっかくなので、10年ごとの節目の年に、何をしていたのかを振り返ってみたいと思います。

    10歳――昭和の小学生とファミコン

    小学校4年生。昭和の学校で、友達と楽しく遊んでいました。そして、ファミコンにハマって大変なことになります。

    20歳――予備校よりもパソコン通信とインターネット

    2浪して、予備校にもろくに行かず、代わりにニフティのフォーラムに入り浸っていました。さらに、その後できたばかりのインターネットを導入して、ホームページを作ったりと、先進的なことはしていました。

    ダメ息子ではありましたが、楽しかったです。上京して入った学校では、今でもつながりのある友達ができました。これは本当にありがたかったです。

    卒業してもまともに就職できず、ホームページ制作のアルバイトをした後、陽キャへの憧れのようなものもあって、渋谷のカラオケ屋で夜勤をするという、非現実的な生活を送りました。ものすごい体験でした。

    その後は派遣で働き、24歳の時に大手町の某会社に入りました。しかし、その部署はすぐになくなり、2社を経て、26歳の時に大学受験をやり直し、27歳で美大に入るという、無茶苦茶な人生を歩みました。

    30歳――美大卒業、新卒入社、そして苦しい時期

    美大を卒業し、29歳の時に新卒枠で都内の某社に入り、そこで三十路を迎えました。しかし、この会社では苦しむことになります。4年間勤めて辞め、そこからまた職を転々としました。

    A社4年→J社2年→T社2年→D社2年……。

    今振り返ると、なかなか落ち着かないキャリアだったと思います。

    40歳――今の会社との出会い

    40歳で今の会社に入ります。正確には、39歳の時にグループ会社へ契約社員として入り、そこからいろいろあって現在に至ります。まあ、運もよかったです。

    結婚したのは36歳の時なので、T社時代でした。恋愛もかなり荒れていて、結婚が遠のいていたので、本当に運がよかったと思います。

    そこから子供を授かるまで、また10年近くかかっているのが、あれですが。

    遠回りだったけれど、必死ではあった

    振り返れば、一般的な人よりも、ずいぶん右往左往し、遠回りをしてきた人生だった気がします。今は幸せですが、行き当たりばったりとも言えてしまいます。

    でも、思い返せば結構必死ではありました。その時々で、何とか前に進もうとしていたようには思います。

    そして、いきなり大学へ行くと言い出した自分の学費を出してくれた親には、感謝しかありません。

    親への想いも変わってきた

    親への想いも、年齢とともにどんどん変わってきました。もうこの歳になると、親が元気でいてくれるだけで嬉しいし、もっと会っておいたほうがいいような気もしています。

    自分が子育てをすることで、親から与えてもらってきたもののありがたみを、改めて感じます。

    定年までの10年で、何を残すか

    さて、会社の話に戻ります。

    ちょうど会社が新しい方針を立てたのですが、その期間の終わりと、自分の定年、そして会社の節目も重なりそうで、いろいろとメモリアルな時期になりそうです。

    後悔のない時間の使い方とは、何だろうか。

    一つは、常に新しいことや挑戦、自分のやりたいことに使う時間を惜しまないことなのだと思います。これまでも、本業のルーチンだけをやっていたら、こうはならなかっただろうなと感じます。

    定位置に収まっていてはいけない。会社を使って、最後まで面白いことをしたい。会社の看板や信用、社内のつながり、予算、設備、仲間。会社にいるからこそできることは、間違いなくあります。

    一方で、定年後には、その看板がなくても残る経験や人とのつながりも必要になるでしょう。

    だからこそ、これからの10年は、会社の力を最大限に生かしながら、自分自身の力や信用も少しずつ育てていく期間なのだと思います。

    そして10年後は、結果がどうであれ、「やり切った」と言える状態にしたいです。

    50代の抱負

    そのために、現時点での抱負を書いて締めとします。

    ・痩せる。体力をつける。健康を保つ

    ・AIを使いこなし、仕事や表現の幅を広げる

    ・臆せず前に出て、新しいことに挑戦する

    ・英語力を上げる

    ・会社という環境やご縁を最大限に生かし、10年後に残る仕事をする

    ・会社の看板がなくなっても続いていく、自分自身の経験やつながりを育てる

    やけに身近な話も多いですが、まずは基礎的な部分から。

    10年後、結果がどうであっても、「50代はやり切った」と言えるようにしたいです。

  • はじめまして

    ありまっくと申します。ブログ長いこと放置してますが、何か書いてみます。